精読ログ1
ネットの文章を読むことが多いのだが、たまに要領を得ない文章に出くわすことがあり、その文章の主張をまとめておこう、という趣旨。
今回取り上げる文章↓
扱う内容が広く、ネット上の感想を見ても賛の部分、否の部分が多いところで分かれるかな、といった印象。
第一段落
・思春期の頃を例に挙げた、性的なものに対する言葉遣いについて。「支配的な響き~」については、女性をモノ扱いしているといった点を指すか。
第二段落
・合コンを例に挙げた、容姿に関する発言について。容姿に関する発言は下心ありきだから言うべきではないという指摘。合コンについての記述であるからか、やや恋愛工学的指摘であるのが不興の原因の一つとなっている。
・「姉妹いそう」「背が高い」など自身の安直な印象・容姿についての発言について。
・痴漢については、容姿との関連がないので、下の「だからというわけじゃないけど」と結び付きがない。文章の主張とは合わない段落になっている。
・「かわいい」≠「背が高い」。容姿の発言であっても、性質が違う。どう違うのかは不明瞭だが、「体力」の話と絡めたかったか。
・不良・通り魔が選んでいるという例から、「体力」的に見た時の女性は弱者にあたり、不当な被害を受けているということ。
・容姿ばかり言われてきた人が、それ以外のことを言われれば嬉しいのではないか、という主張。「ネックの太さを言わない」、「もったいないといわない」=「容姿のことを言わない」の図式は???いまいち説得力がない。
・カッコ書きの「容姿については肌の部分まで」云々は、「努力したわけでもない容姿」に係るかと思われるが、これは解像度が低いのでは…
第三段落
・Tiktokのコメントから、セクハラに係る内容。みんなでやれば怖くない文化(いわゆるホモソ文化)の説明とコメントの抜粋。
・「キャラにさせたのは誰?」の下りはジェンダー役割的な話に持っていくこともなく宙ぶらりんの状態に。
第四段落
・「仲の良い人を作る」=「仲の良くない人を作る」という発言を受けての、「かわいいとみんなの前で言う」=「かわいくない人を作る」。突っ込み所が多い。
・唐突に(大学から)容姿が最重要となることについて。具体例の書き方は、これも突っ込み所が非常に多い。
以上段落ごとのまとめ(+私見)。さて、筆者の主張をまとめにかかりたい。
①容姿を安易に褒めるのは、下心ありき/「かわいくない人」を作るため、やめるべきである(=セクハラと同義である)。
②なぜ女性に限るかといえば、「体力」が原因で社会的弱者であることが多いため、性的に搾取されやすい存在であるからである。
主張はおよそこんな所かと思いますが、さて問題点を挙げていきます。
・論理不整合について。喩え話も含めていまいち整合性がないため、まとまりがない文章(乱文)である、という印象になる。
・「容姿については肌の部分まで」云々。男女関わらず皮膚科に通う人も当然いるし、この文章内ではメイクの扱いも不明瞭。「努力したわけでもない容姿」は、生まれ持った容姿と表記すればまだマシか。
・第四段落。
「仲の良い人を作る」=「仲の良くない人を作る」というのは中居くんの司会業として、どんな人であってもニュートラルに接しなければならないという覚悟を端的に示した発言であるが、言ってしまえばこれは、「内心での好き嫌いが外に出ないようにしよう」というだけのことでもあり(難しいことではある)、要は外面である。而して「かわいいとみんなの前で言う」=「かわいくない人を作る」は、字面こそ合ってはいるものの、喩えとしては不適当である。
「メイク禁止の学校で~」云々は、想像するのはよいが、
女性は男性に対して「かっこいい」「収入がある」「背が高い」以外にも、優しい、オシャレ、おもしろい、声が素敵、自分の世界を持っている、絵や歌が上手いなど様々なパラメータを持っているのに、男性が女性に対して「かわいい」か「若い」か「胸が大きい」程度のパラメータしか持ってないことを。
直球の差別でちょっと笑ってしまった。
・ここまで書いておいて結局のところ筆者が「容姿第一主義」的思想に批判的なスタンスを取らず、原因の全てを男性に求めていること。賛否の否が多い一つ目の理由はここだと思われる。
・ちょくちょく恋愛工学的思考が垣間見えること。賛否の否が多い二つ目の理由。ジェンダー論的要素と合わせていい所だけ使っているのでは、というようにも取れる。
・強者=男性、弱者=女性と主張して、男性=悪、女性=善と二元論的に述べていること。賛否の否が多い三つ目の理由。十把一絡げな書き方は最近の思想にはマッチしない。
・どさくさに紛れて差別的な主張を混ぜてしまえば意外と気づかれないこと。
乱文的な書き方は、自分の考えに合うところだけ取り上げてしまえば満足できるので精読をやめがちですが、よく読んでみるといいと思いました(感想)。